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北方領土返還要求運動ってなあに?
北方領土の返還要求の声は、戦後まもなく北海道の根室にあがりました。当時の根室町長は島から追われた人たちの援護に全力をあげるばかりでなく、連合国軍最高司令官あてに北方領土返還の陳情書を出しました。これが返還要求運動の始まりです。
根室であがった返還要求の声は、やがて北海道内の各地にこだまし、運動の輪は、しだいに全国に広がり、この運動を推進するための基盤となる民間団体や都道府県単位の組織がつくられ、返還に向けたさまざまな活動が行なわれています。
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長野県の運動はどうなってますか?
長野県で、北方領土返還要求運動を積極的に進めることになったのは、1977年(昭和52年)4月1日、「北方領土問題対策協会長野県推進委員会」が正式に発足した時からです。
さらに、北方領土問題について次第に高まってきた関心を「北方領土返還要求運動」として盛り上げるため、1982年(昭和57年)7月16日に、自治体、青年、婦人、経済界など県下各団体の参加を得て、全国的に早い時期に「北方領土返還要求長野県民会議」が結成されました。
また、長野県議会では、早くから北方領土問題の解決促進に関する決議案を可決し、政府に要望してきており、また県下ほとんどの市町村議会も同様の決議をしています。
このように、北方領土を一日も早く返還してもらうため、多くの人々が力を合わせて運動を進めています。
小・中学生をはじめ青少年の皆さんにも、北方領土返還要求運動を正しく理解することをとおして、返還要求への強い意志を持ち続けていただきたいと思います。 |
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